”わかりやすさ”の巨人・池上さんの原点「知の越境法」

池上さんがどうやって池上さんになったか?がわかる本。

知の越境法 「質問力」を磨く (光文社新書)

「わかりやすさ」が信条の池上さんらしく、とにかく読みやすく伝わってくる文章です。お馴染みの優しい口調ながら、ラジオニュースのように明確な描写、著者自身のエピソードだけでなく、古今東西のデータや事例が鮮やかに織り込まれた説得力は圧倒的です。

逆境は独学で切り抜ける

改めて自分の来し方を見つめ直すと、越境を繰り返してきた人生だったという思いを強くします。会社員だったわけですから、当然ながら組織の都合による「受け身の越境」ばかりでした。その都度、必死の「独学」で乗り越えてきた気がします。

「独学」といいつつ、本著に書かれている取材対象=勉強の幅広さはとにかくすごい!警視庁担当として刑法や刑事訴訟法、法医学。社会部では気象・災害・消費者問題。NHKスペシャルに関わることになるとエイズや医学、教育問題など、会社に命じられた「受け身の越境」とはいえ、常に「独学」で平均以上の成果を出し続け、さらにフリーになっても独学し続けていることで、専門がないことが弱みのはずのジャーナリストとして、「幅広さ&わかりやすさが強み」という唯一無二のポジションを作り出した訳です。

記者から「ニュースキャスター」という異例の異動が1989年。キャスターを5年勤めた後、「週刊子供ニュース」のお父さん役として、国民的人気を得ます。現場記者にこだわっていた池上さんにとっては、想定外の「越境」の続きだったそうですが、この経験が、現在のフリージャーナリストとしてのスタイルに大きく影響しています。”小学5年生でもわかるニュース”という斬新な番組コンセプトで、インフレ・アパルトヘイト・難民問題・憲法9条と自衛隊・・・難しいテーマを解説するお父さんとして、毎週、真剣勝負で子どもと対峙します。象徴的な例としてあげられているのが、”911がなぜ起きたのか”を伝える責任感から、何度も挫折していた「コーラン」を読破し、イスラム教徒の考えの根本に遡り理解しようと務めたというエピソードも印象的です。

イスラム過激派は、なぜあのようなこと(アメリカ同時多発テロ)をしたのか。NHKの「週刊こどもニュース」で解説することになりました。そのためには、そもそもイスラム教のことを知らなければなりません。その責任感から「コーラン」に取り組みました。「この部分を、日本のこどもたちは理解できるだろうか。ここはユダヤ教やキリスト教との関連で取り上げたほうがいいのではないか。そもそも預言者とはどんな存在なのかというところから説明したほうがいいだろう」などと問題意識を持って読み進めると、興味が湧いて、ついに読破できたのです。

これ以降、イスラム教が関係するニュースが起きるたびに、「イスラム教徒ならこういう反応をするだろう」と納得あるいは予測できるようになりました。

専門家に任すのではなく、ニュースの背景を知るために自らがやれることは全てやる、そのような蓄積が今の”わかりやすさ”を支えているのです。

首都圏ニュースといえば池上さんの締めコメント!

池上さんがキャスターを務めていた首都圏ニュース、実は私、大ファンだったんです。いわゆる普通の夕方のNHKニュースなのですが、池上さんが担当していた頃だけは、番組最後の締めコメントを絶対見逃さないぞ!と毎回集中していました。なぜなら、ダジャレのようなユーモアのような、時には厳しく、とにかく印象的な一言を、真面目な顔で言ってのける池上さんが見たかったからです。「今日の一言はなんだろう?」と毎回楽しみだったので「週間子どもニュース」に異動されたと聞いて、とても残念だったことを覚えています。思えばあの番組でも、ただニュースを読むだけでなく”平均以上”の結果を出し続けていたのですね。

佐藤優と池上彰

それぞれの時代に「知の巨人」と呼ばれる人がいます。かつては南方熊楠がいました。(略)そして、いまの私にとっては、それは佐藤優氏ということになります。神学とマルクスとインテリジェンスと外交経験に裏打ちされた論考には、いつも引き込まれます。

本著で、今を代表する「知の巨人」として紹介されている佐藤優氏。私の勝手な印象ですが、佐藤氏が、私たち読み手とは違う世界を見ていて、そこに私たちを連れて行こうとしてくれるのに対し、池上さんは私たちと同じ土俵に立ち続け、同じレベルで物事を解き明かそうとしてくれる、そんなイメージがあります。佐藤氏の著書は1ページ1ページの密度や気迫に圧倒され、自分の無知を思い知らされるような感じですが、池上さんは膨大な知識や思考を程よく隠しながら、わかりやすくサラサラと解説してくれ、知識が自分のモノになったような気になるのです。

ですが、表現が違えど、物事の本質にたどり着くために原典にあたり、とにかく独学し続ける姿などお二方の共通点も多く、対談などで共鳴し合う様子は、いつも興味深く読んでしまいます。

ちなみに、私の佐藤氏との出会いは「獄中記」。二人目の育休中、家から出にくい時期に読んだので特に印象的でした。本だけでこれほどの勉強ができるのかと頭を殴られたような衝撃…。そろそろ再読してみようかな。

獄中記 (岩波現代文庫) [ 佐藤優 ](楽天ブックス)

知の越境法 「質問力」を磨く (光文社新書) [ 池上彰 ](楽天ブックス)

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