音楽のような文章 東京が恋しくなる「珈琲が呼ぶ」片岡義男

久しぶりの片岡義男。短編小説だけ読んできたので、エッセイは初めて。片岡さんの肉声っぽい文章、新鮮なような懐かしいような。

珈琲が呼ぶ

東京育ちの心くすぐる空気感

実家の近くの地名が頻出するので、片岡さんとこんなに生活圏が近かったのかと驚き、これもまた懐かし。。

この方の著作について、何か記すとしたら、それは、こちらもエモーショナルなことを書くしかないよな、、、ということで、”片岡作品と私”について、少しだけ。

新卒入社したホテルの新人研修で、初めての大阪、初めての寮暮らし、慣れない社会人生活をしていた10ヶ月間、なぜだか片岡義男さんの短編小説を貪るように読みました。それこそ何十冊と読み漁り、”読破”という言葉がふさわしい取り憑かれぶり。ですが、それ以来、片岡本は読んでいない。。。。なんで、あの時あれほど、次々と著者の短編を読んだのか、今回、片岡さんの文章(しかもエッセイ)に久々に触れて、明確に理解しました。

心細かった社会人一年目、東京しか知らん小娘が大阪で働く中、片岡さんの作品に凝縮された”東京”に没入して癒されてたんでしょうね〜。学生気分が抜けきらず「早くオウチに帰りたい!」っていつも思ってたもんな〜。

読む本には、その時の心情が赤裸々に現れますね。ここ10年くらいはブクログや読書メーターで読んだ本が遡れますが、もっと昔の記録も残していたら、面白かったのになぁ。

喫茶店への道順だけで、心揺さぶられるのはなぜか?

さて、本著の中で、下北沢近くの住宅街での風景を書いた一編があります。

その日の僕はもっとも単純に歩いた。集合住宅を出て坂を下り、用水路を暗渠にして緑道と称している道を鎌倉通りまで歩き、鎌倉橋南の信号で梅丘通りを渡り、最初の脇道を右へ曲がった。

著者の家から、森茉莉さんの定席があった喫茶店への道のりに関する箇所。道順書いてるだけなのに、なんだか読ませる、、、これぞ”片岡節”。すごくリズムが良くて音楽的。しかも下北沢、世田谷代田、梅ヶ丘、淡島通り、、、名前だけで心おどる、私の大好きな思い出の街。

片岡さんは京都で少年期を過ごしたようで、大阪は全く出てこないけれど、京都については本著にもよく登場します。印象的だったのは、「喫茶店のコーヒーについて語るとき、大事なのは椅子だ」という一編。「あまから手帖」で店内写真を見た、京都の老舗喫茶店の椅子に座りたくて、何年かごしにその店を訪ねる話。そんな旅も素敵だな〜。

 

珈琲が呼ぶ [ 片岡義男 ]

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