「科学者の趣味の延長のピアノ本かな」と思いきや、「音楽演奏科学」という唯一無二な研究をしておられる、すごい方の著書でした。
www.neuropiano.net
コンクールで入賞するほどの腕前で、ピアニストを夢見たこともある阪大工学部の学生が、ピアノ練習で手を痛め、失意の中で、ピアノと身体・脳の関係について、今まで誰も研究していなかったことを知り、この分野の研究を自ら切り開く、という、なんともドラマチックなご経歴!
練習して弾けなかったことが弾けるようになると、脳や身体はどう変わるのか。「脱力」とは、どの筋肉をいつ弛めることなのか。指や腕や肩をどう動かせば狙った効果が音に表れるのか。データに基づいて合理的に説明してくれる教本や指導法に出会うことはありませんでした。
一方、解剖学や運動学の教科書を開いても、ピアノを弾く身体の動きについては一切書かれていません。
~やがて、自分の身体の不調に気づくようになりました。練習すればするほど、弾けなくなっていくのです。~
本当は音楽をやりたくてたまらないのに、身体の不調が原因で思い通りの音楽を奏でられない苦しみを抱えている人は、洋の東西を問わず、たくさんいたのです。
最近、フリーランスとなり時間の自由ができたことで、念願のピアノのレッスンを再開しまして、ピアノレッスンに関する知識もアップデートしようと、本書をはじめ、音楽関連の本もちょこちょこ読んでいます。大人のピアノレッスンはとても楽しく、スマホのせいで、かなり散漫になっていた集中力も、少し戻ってくれるように感じます。デジタルデトックスは大事。
と言いつつ、久々にピアノに向き合ってみて、つくづく思うのは、有名曲なら、巨匠の演奏がAmazon musicやらなんやらで何種類でも聞ける!ということ。昔は、巨匠の演奏を聴き比べるなんて、レコード収集マニアにしかできない贅沢でしたよね。。。子どもの頃、ピアノの先生のお家で、先生のコレクションからうやうやしく取り出したアナログレコードを一緒に聞いた時間を懐かしく思い出しています。
ピアニストの指はなぜあれほど速く動くのか?
さて、肝心の本書の内容ですが、著書の研究も含め、世界中の研究をギュギュッと詰め込んだ、かなりの充実ぶりです。ピアノをレッスンしたことがある人なら、「私、脳にいい事してたんだな〜」と自己満足に浸れる研究結果も数多く、読んでいて大変気分の良くなる本です(笑)。
例えば、「ピアニストの指はなぜあれほど速く動くのか?」という章では
ピアニストとそうでない人の決定的な違いは「脳」にある。~ピアニストの脳はたくさん働かなくても複雑な指の動きができるように、洗練されている。
ピアニストの手指を動かす神経細胞は、長年の練習によって、複雑な指の動きを生み出しやすいように特殊な変化を遂げていたのです。
といった結論を、脳画像診断装置での研究や、神経細胞の機能などを、ピアニストと一般人とで比べることにより、導き出しています。また、繊細で豊かな音を表現するためには、まず音の違いを聞き取れなければなりません。いわゆる「良い耳」とは脳のしくみとしてどのようになっているのか?これについては、音楽家は、音を聞いたときに働く聴覚野の神経細胞の数が多く、働きが優れていること、しかも、自分が専門として訓練してきた楽器に対して顕著に優れていること、幼少期の訓練の方が効果的だが、大人になっても「良い耳」を育むことは可能、など様々な事実が紹介されています。
「楽譜を読む」とか科学的にどういうこと?
私は、初見(初めて)の楽譜を読むのが好きで、楽譜が自分の指を通してピアノから音楽となって聞こえてくることに、いつもワクワクするのですが、この「楽譜を読むこと」や「初見で演奏すること」についても、科学的に説明されています。音符を体の動きに変換することを担当する脳の部位がある、とか初見演奏では、短期記憶や周辺視、指使いの選択という3つの作業を同時に行なっている、など、無意識の行動が可視化されていく、非常に面白い読書体験でした。
音楽と感情
感情を込めて演奏すること、音楽を聞いて感動すること、そういった感情との関係についても様々な研究があり発見があります。これは、著者の研究成果でもあるそうですが、
どうやら、音楽を聴いているときと演奏しているときでは、感情の高ぶりが呼吸に及ぼす影響は違うようです。人間は何かに集中すると呼吸の回数が減ることが知られていますが、感情を込めて「何かを表現しよう」と思いながら演奏するときは、聴くときよりも集中力を必要とするために、呼吸回数が減っていると考えられます。
呼吸だけでなく、自律神経系の働きも「聴く」と「弾く」では異なっているそうです。こういった事実が、たとえ下手な演奏でも自分で演奏するのが楽しい、と思う理由の一つなんでしょうね。
もう一つ、音楽と感動について、このような研究が紹介されていました。
驚いたことに、音楽を聴いてゾクゾクするときに働く脳部位は、食事や、非合法ドラッグの摂取、性的な刺激によって快楽を感じるときに働く部位と同じだったのです。
〜たとえば、ラフマニノフの<パガニーニの主題によるピアノ協奏曲」で第18変奏の甘美なメロディに感動する人がいるとしましょう。この場合、この変装に入る直前に「来るぞ来るぞ」と思って期待する脳の働きと、その後「来た!」と感動する脳の働きのそれぞれで、脳がご褒美を得られるわけです。
これは、耳馴染みのある音楽ほど好きになる、有名な曲ほど人気が集まる、ということの説明にもなりますよね。ライブに行くときも、聞き込んで行けば行くほど感動も大きいということ、なるほど〜〜、本当にいいこと聞いた!
と、どのページも、驚きと発見で溢れる、ピアノ好き音楽好きにとっては素晴らしい1冊でした。著者のご研究にも今後注目して行きたいです!
<追記>2018年の著者のインタビューがこちら。本著より、さらに研究目的が明確で、読み応えあります。
「書評「ピアニストの脳を科学する」ピアノ好きを喜ばせる研究満載」への2件のフィードバック